序編

 

■序編 その1

 

 


こんにちは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は私イラストレーターという仕事柄
色々な芸能、芸術に関心がありまして

絵の世界ですと、水墨画の雪舟や伊藤若冲、
能の世阿弥、侘び茶の利休や
枯山水も好きです。ちょっと芸能からはずれますが
武道や老子や荘子も好きなんです。

何が言いたいかといいますと
実は上に挙げたの全て
禅、そして仏教と深いかかわりがあるのです。

雪舟にしても、若冲にしても
能や侘び茶、武道にしても
その表現の根底には
仏教があると思ったのです。

これに気付いた私は
まだ22.3のころでしたが
仏教に興味を持ち始めました。




それから四年ほどたった
平成十八年、
去年ですね。

夜、何気なく新聞に視線を落としますとそこには
「新潟のお寺が後継住職を公募」
という記事が載っていました。

この瞬間は忘れられませんが
記事が目に飛び込んできたのです。
心臓はなぜかドキドキしていました。

「ちょっと待ってくれよ俺この世界に
進むんじゃないだろうな 」
なんてその時思ったのです。

二十七年間生きてきて
仏教芸術や教義に興味はあっても
お寺の世界に進むだろうなんて考えたことも
無かった私でしたのでまさに衝撃。

「今までやってきた事はどうなるんだ」
「やってきた事が無駄にならないか?」
などと葛藤があったりして

十日ほど悩みましたが、
目に記事が飛び込んできた時の衝撃は忘れられず
やらずに後悔するより
やって後悔するほうがマシといいますから
「まあとりあえずやるだけやってみよう、合格するかどうかも
わからないし」と迷いを抱えながらですが
応募しようと決意したのです。



後継住職の公募に合格するには
論文と三回の面接をクリアする必要がありますので、まずは論文。

一週間くらい時間をかけて
気合を入れて書き上げました。

論文のテーマは「私が妙光寺の住職になったら」でした。

「私は描く仕事をしているので
住職になってもそれを辞めるつもりはありませんし、
むしろ活かしていきたいと思います。」とか

「将来的には自己の形成、向上の為の教育の一つとして、
こうした芸事や仏教の教義を
教える寺子屋のようなものを作りたいです。」などなど。

ちなみにこれは合格する為に書いた嘘ではないですよ。
前から考えていた事ですから。


昔からお寺の襖絵や障壁画を描いてみたいと思っていて、

それを住職として描けるなんてなったら粋ですよね。

 


そんな感じの事を書いて
郵送したら通ったわけです。



次は面接ですが、
面接は新潟のお寺にて、一回目は寺務さん(会社でいう事務)の面接、
二回目は御住職と奥さん、檀家さんの面接
そして最後にもう一度全員で面接という形でした。

面接の時も論文に書いたような事を
言っていたと思います。

ただ「住職になっても描く」と言っても
何を描くのかイメージが伝わりづらいでしょうから
お寺さんに印象を残す意味でも、
過去に制作した若冲の模写など数枚持って行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのうちの一枚ですが
こんな感じのです。

 


 

 

 

 

 

しかし、お寺さんの反応は

いまいちでした。

 

 

 

 

 

まあ、住職公募に絵持って来られてもね・・
当然の反応でしょう。

ただ、ありのままの言葉で
飾ることなく自分を出せたと思います。
自然な自分を見てもらって
それで落ちたのなら仕方無いと思っていましたから。





そんなこんなで千葉と新潟を三回往復し、
難しいだろうと思っていた面接も
次々とクリアしなんと合格する事ができたのです。


こうして多少の迷いを抱えたまま
後継住職の研修に参加する事が決まったのです。

迷いがあっても研修を受けようと
思ったのは自分が興味のあった
仏教の思想や芸能、芸術に
一番触れる事が出来、そして活かす事が出来るのは
やはりお寺ではないかと思ったことだと思います。


これからこのブログで
「イラストレーターが体験したお寺の世界」という形で、
お寺の信者でも檀家でも坊さんでも無い私が、
お寺の生活で感じた事を気ままに綴っていこうかと思っています。

 

 

 

 



■序編 その2

 

 

 

強烈な湿気と蝉がやかましく鳴いていました。

7月20日。研修初日です。


研修を受けるお寺は
新潟県の角田というところにあります。

千葉から電車を乗り継ぎ
4時間くらいかかりました。
結構かかるものですね。

この時は7月でしたが
新幹線からみた景色は
本当にきれいでした。

美しい緑豊かな風景は
まるで「ハイジ」の世界のようです。
冬に新潟の苗場にスキーに行ったことはありましたが
夏の新潟は初めてでしたのでちょっと感動しました。




最寄り駅となる越後線の「内野」に到着。

車でお寺の人が迎えに来てくれるのですがその前に
もう一人の研修生の方と顔合わせしました。

あたりにちらほらと人はいたのですが
ひと目でその人だとわかりました。

 

 

 

同期の矢部さんです。

ジーパンにウィンドブレーカーの

私とは対照的で
ピシッとスーツを着こなし、
すでに頭はツルッツルです。

 

 

 



研修生はまだ髪を剃る必要は
ないのですがそのすっきりした頭に
強烈な気合を感じました。

挨拶をしたときも
「はじめまして、矢部■■と申します。
よろしくお願い致します!!」と
ハキハキとした口調に
これでもかというくらい深々とお辞儀をされ、
経験した事の無い
礼儀正しい挨拶に少し驚きました。


また、後日談ですが
矢部さんもこの時の私のラフな格好に少し驚いたらしく
こんな格好で来る人がいるのかと思ったらしいです。
私も面接の時はちゃんと仕事着(ジャケット)で望みましたが
合格したからもういいかなと・・

対照的な二人でした。


そんな矢部さんは
人を救う仕事をしたかったらしく、
勤めていた会社を辞めて
この研修に参加されたらしいのです。

気合の入った頭といい
礼儀正しすぎる(?)挨拶といい
誠実な人柄を感じました。

 

 

 

 

■序編 その3

 

 

矢部さんと軽く雑談をしていると
車のクラクションが鳴りました。

 

 

 

 

 

お寺で料理の担当をされてる
住職の奥さんが迎えにきてくれました。


面接の時以来ですので
「お久しぶりです」と挨拶をし、
さっそく出発です。



この内野から妙光寺への道のりですが
実はけっこう遠いのです。

一番最初の面接の時はタクシーで行きましたが
3,500円くらいかかりました。

しかもこの時は自腹だったんで痛かった・・


(2回目以降はちゃんと交通費払ってもらいました。)

周りの景色を見てもほとんど木々と畑くらいしかありませんし、
新潟でも「僻地」といってもいいくらいの
場所で、お寺の周りも海と山ばかりです。

近くの町に買い物に行くにも
車で二十分以上かかります。
たまにタヌキやキツネも出るほどです。

ここにいたら車が無いと生活できないでしょうね。 

 

 

 

■序編 その4

 

 

 

長い森を抜け視界が開けて
角田山が目の前に現れたらお寺に到着です。

もう何度目かのお寺ですが、
一番最初の面接で初めてお寺に着いたときはちょっと驚きました。

何が驚いたかって
とにかく広い。

 

 

 

 

こんな感じです。
ちょっと頑張って

描いてみました。

お寺の境内は五千坪はあるそうです。
地方だからこその広さでした。

 

 

 

 


また敷地内にはムササビも生息していて
初めて滑空を見た時は感動ものでした。

都会じゃありえないですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お寺の建物も新潟の雪や、海と山に囲まれている立地のせいか
しょっちゅう床下、床上浸水して最近までボロボロだったそうで、
平成十三年に一部を移築して他は建て替えられたみたいです。

所々に鉄骨も使われているようで、少し現代的でした。

綺麗なお寺を見て
「いい時期に来れたかも・・」
なんて思ってたような気がします。

 

 

 

■序編 その5

 

 

 

玄関の扉を開けると
土間が広がっています。

おそらく私くらいの年齢(28歳)の人は
みな新鮮に感じるのではないでしょうか?

建物の中でも土の匂いがするというのは、いいもんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


土間という昔ながらのものがありつつも
左側にあるトイレやお風呂にわたるための台が
あったりと独特な造りになっていました。

履物が全て綺麗に揃えてあるというのも
さすがはお寺という感じです。




早速、玄関横にある洋間で
お寺の皆さんと顔合わせをしました。

ここは面接を行った部屋ですが
洋間と言っている様に、この部屋の下は畳じゃなく、
じゅうたん、座卓に座布団ではなく
机と椅子、またはピアノもありました。

今の時代当たり前といえばそうなんでしょうが
普段お寺に参拝しても中の生活環境までは
知りませんので、参拝客が入って来れない場所は
こうなっているのかと何でも新鮮に感じました

 

 

 

■序編 その6

 

 

 

 

早速お寺の皆さんと顔合わせです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎌田上人。妙光寺のお坊さんです。
お寺の設備の管理などもされてます。

休日には食事に連れて行ってもらったりと
後輩の面倒見のいい人です。
 


ちなみに「上人」(しょうにん)というのは
「仏教における高僧への敬称」らしいです。

私がもしお坊さんになった場合は
「大野上人」になるんですかね。

少し気分いいです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、このお寺の住職、小川住職です。
面接でも二度お会いしました。

前にも書きましたが
三回の面接ではいつも


「仏教芸能、芸術や教義に興味がありそれに触れ、それを活かしたい」

という理由で応募し、それを面接で述べていたのですが
二回目の檀家さんの面接で

「仏教芸能や芸術、教義なら別にここのお寺でなくてもいいんじゃない?」

といわれ、ほぼ直感で応募し
この道に進む事への迷いもあった私は

「そうなんですよね~」

なんて応えてしまっていたせいか
一度は檀家さんに落とされたらしいのですが
住職と奥さんはそんなおかしなことを言う私に興味を持ってくれたらしく

「とりあえずやってもらえば良いじゃないか
駄目なら辞めてもらえばいい話だし」と

住職推薦で奇跡の合格をしたらしいのです。

自分をあまり創ることなく
ありのままの言葉で伝えたことが
合格に繋がったのかもしれません。

この小川住職はこういった変わった事言う若者に
興味を持ってくれるような人で、業界では結構
革新的な人のようです。

テレビにもたまに出演されてるみたいです。


ちなみにこの「住職」という肩書きですが、
お寺の皆さんや檀家さんのようにお寺の身内の人達は
「住職」ではなく、「御前様」(ごぜんさま)と呼ぶようです。

研修生もお寺では「御前様」と呼んでました。

「上人」同様、これも独特な言い回しですので
言い慣れるのに少し時間かかったような気がします。


宗派またはお寺の格式によって呼称が違うようで

「住職」「上人」「御前様」だけでなく、
「方丈」「和尚」「御院主」「貫主」「堂頭」など

呼び方は色々あるみたいです。



こんな大きいお寺ですが
お坊さんはお二人だけでした。

何人も修行してるお坊さんが
いるのかと思っていたので
少し意外です。

 

 

 

 

■序編 その7

 

 


自己紹介を終え、二階の部屋に荷物を置き、着替えたら
早速、鎌田さんの指示のもと初仕事でした。



「あれ洗っといてね」と案内された場所で見たものは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズラーッと並ぶお寺の窓や網戸。
おまけに風呂のフタまで並べてありました。

初日の仕事はこれらの水洗いでした。
大きいお寺なので枚数がとても多いです。


お坊さんがよく掃除をすることは
テレビや何かで見て知っていましたから
驚く事はありませんでしたが、
量の多さに驚きました。




ところが、最初は戸惑ったものの、
「いや~あついっすねぇ~」なんて言いながら
やり始めると止まらないモンで
汗たらしながらも、もくもく掃除してました。



真夏の炎天下でこんな肉体労働をするのも
久しぶりでしたのでちょっと気持ち良かったです。

 

なぜ研修がこの蒸し暑い7月かといいますと
一年で一番忙しい時期がこの7月から10月らしく
お寺の様々な行事があるので
お寺を知ってもらうのにいい時期だからという事らしいです。

 

つまり一番きつい時期に行うということです。

 

そういったことを一切知らずに

窓を拭いているのでした。





陽も大分傾いた頃、
ようやく全て洗い終わりました。
これらを元あった場所に戻し
初日は終了です。

次の日から本格的な研修が始まったわけです。

 


序編  おしまい

 

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