お経講習
■お経講習 その1
もう研修も終わりに近づいた10月半ば、突然小川住職から
「今度、君達に佐藤(仮名)上人が
お経を教えに来てくれる事になったから。」
といわれました。
どうもその人はこの世界では結構なビッグネームらしく
普通ならありえない事なんだとか。
横綱が新弟子に相撲教えるようなもんなんでしょうか。
三日間集中的にその人のお経講習を受けるようで
いってみればこのお寺での研修最後の関門という所でしょうか?
小川住職や鎌田さんにも
「君ら羨ましいな~ありえないぞこんな事。失礼のないようにな。」と
しきりに言われました。
当日、佐藤上人がお寺に来ました。
実際に会うとでかい。
190センチ、90キロ近くありそうな体格、
確かにこの体格なら大相撲でも通用しそうです。
髪も剃髪していないですし、髭も生えてます。
ちょっとやばい世界の人にも見えてしまう風貌です。
どうやらある程度、ベテランの人なら
もう髪や髭は剃らなくてもいいようです。
「研修生です。よろしくお願いします。」
「佐藤です。よろしくお願いします。」
声もとにかく低い。
地響きのようにズズズッ-ンとくる声です。
この声で読むお経に
たくさんのお坊さんが憧れるのでしょう。
■お経講習 その2
祖師堂でお経講習があるので、
本来なら研修生が準備をするのですが、
この日は小川住職と鎌田さんが二人で
あ~でもないこ~でもないと言いながら準備しています。
研修生が準備して何か失礼があったら
まずいからなんでしょうね。
こんな所を見てしまうと
少し緊張してしまいます。
時間です。
研修生と向き合う形で講習開始です。
物凄い威圧感。
重低音の声。
目の前にいるだけでも疲れます。
まず普段の朝のお勤めで読んでいるお経を
全員で読みます。
これだけでも30分くらいかかりますが
ここから新しいお経を教わります。
朝読んでいるお経よりさらに難しいお経で
読みにくい漢字を一つ一つ教わりながら読んでいきます。
結局、朝のお勤めの三倍、
一時間半くらいの正座でした。
一回でこれだけ正座し続けたのは初めてでしたので、
この時点ですでに腰が痛くなり始めています。
ようやく終了し、
「ありがとうございました」と挨拶。
15分の休憩でした。
佐藤上人が部屋から出て行った瞬間、
転げまわります。
棚経の時から続いている腰痛や足の痺れも
さらに酷くなっています。
慣れないお経を読んだせいか
頭が、脳が疲れるんですよね。
集中力をかなり使います。
これが三日間続きました。
■お経講習 その3
繰り返し続く、正座とお経の連続に休み時間になると
台所へ駆け込んだこともありました。
実は私、普段甘いものはほとんど食べません。
お寺では食事の後みんなでデザート食べてたりするのですが
私は周りに勧められても一切手をつけず、それくらい食べません。
しかしこのときは別でした。
頭が疲れていて、脳が甘いものを欲しがっているのがわかるんです。
お寺の台所には檀家さんからのお供え物が
結構ありまして、仏さんにお供えしたお菓子は
好きにつまんでいい事になっています。
ですから台所へダッシュし、
珍しくお菓子を食べている私に
「あらっ!どうしたの!」と、驚いている奥さんを横に
和菓子を方張り、部屋に戻り柔軟をし、佐藤上人を待つのです。
こんな感じで乗り切っていました。
三日目の最後の一時間は、柔軟をし、甘いものを取ってはいても
足、腰、足首の痛みと痺れと、脳の疲れ、喉もつぶれて声が出なくなるなど、
疲労もたまっていましたが、なんとか乗り切ることが出来、
三日続いた講習もようやく終わりを迎えました。
佐藤上人に挨拶をし、
祖師堂から出てきた研修生を見て、寺務さんに
「おーなんか顔が変わった、凛々しくなった。」
なんて言われました。
威圧感のかたまりだった佐藤上人も、帰るときには、
「研修頑張って下さい」と穏やかな表情でした。
この時は研修最後の関門を乗り越え、
なんとなくさわやかな気分だったのを覚えています。
■研修も終わりが近づき
10月の終盤。研修も、もうほとんど終わりです。
このころになると
朝のお勤めにも少し変化が出てきます。
ただお経を読むだけで精一杯だったのが、
4人全員の読経が綺麗なハーモニーを生み出し
まるで仏さんが本堂に降りてくるような
気分になるのです。
お勤めが終わった後矢部さんと顔を見合わせて
「今日はすごかったですねぇ~」というと
矢部さんも「やっぱり感じましたか」と。
最高のお勤めでした。
研修最後の方では朝のお勤めでも、小川住職と鎌田さんがいない時は
研修生二人だけでお勤めをやったこともありました。
朝のお勤めをやっている本堂、祖師堂は立ち入り自由ですので
たまに朝の早くから参拝のお客さんがくることがありまして、
研修生二人で読んでいたお経を参拝客が手を合わせて
聞いていてくれた事もありました。
お客さんがいるとお経を読むのも何故か燃えてきて、
「もっと聞いてくれ」と言う気持ちになります。
お客がいるほど燃えるミュージシャンの気持ちが
わかったような気がします。
■研修最後の夜
最後の方は朝食でも変化が。
研修開始のころはあれほど重かった空気も
このころになると無くなっていました。
住職もこの子らにはもう言わなくてもいいと
思ってくれたんでしょう・・・・多分。
それをなんとなく研修生も悟っていたので
朝食でも少し喋るようにもなってきてました。
掃除や外仕事も一人で任せてもらえるようになり
やった仕事を後から確認される事も無くなり
色々な仕事での成長を自分自身感じていました。
イラストレーターとは全く違う仕事を三ヶ月やり、
最初は戸惑ったもののしだいに慣れ、色々な技能を身につけることができて
いい経験になったと思います。
仕事だけでなく、日常生活に関する事まで
色々と指導が入ったことも、最初は嫌な気分でしたが、
今となってはいい勉強になった、その一言ですね。
研修最後の夜。
仕事も全て終わり、
いつもの温泉に行った後、
私と矢部さん、鎌田さん、寺務さん、
四人で温泉横のお洒落な喫茶店で夕食。
今回の研修はお寺としても初めての事でしたので
この研修に関わる全員が全員、教える側も教わる側も、
お互い緊張して臨んだ研修だったと思います。
ですから最初の頃の研修生の顔合わせのときに
いきなりジーパン、ウィンドブレーカーで現れた私や、
礼儀正しすぎる矢部さんの挨拶に、お互い驚いた事など、
最初の頃の皆ギクシャクしていた感じを
笑いながら夜をすごしていました。
「ごちそうさまでした」
散々喋り、時間も随分遅くなり、打ち上げもお開きです。
楽しい時間をすごし店から出て、止めてあった車に向かいましたが、
そこで空を見上げたら・・・・
満点の星空。
さすが田舎。本当に空気が綺麗で澄んでいます。
ため息が出るような美しさでした。
研修の最後を飾る素晴らしい夜でしたね。
明日は研修最後の日。
小川住職と寺務さんと今後についての面接です。
当然この時には、もう気持ちは固まっていました。
おわり
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